証(あかし)決定のお話その5
実例でみる証
先回までは証決定の手順をお話しさせていただきました。今回は実例を挙げてみましょう。さあ、36枚目の扉を開けてみてください。
第2段階で実例を挙げた患者さん35歳の主婦の場合
- 肋膜炎で医療を受けていたが、はかばかしくないので、鍼は気が進まないがしぶしぶ来院された。
- 病歴:28歳で結婚し、30歳と34歳の時に子供を出産した。
- 生来は健康体であったが、産後少々無理をしたので、腰痛・眩暈・頭重肩こりが出てきた。5か月前に子供の病気の看病で無理をしたら風邪を拗らせ、発熱・胸痛・咳嗽などがあり、医療を受けたが思わしくない。医者を3回替えて現在は肋膜炎と診断されている。
望診 | 顔色青白く羸痩し、皮膚赤付きつやがない。 |
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聞診 | 力のないしゃがれ声(商う音)痰が時々痞えむせるような咳をして、はく息は生くさい感じ。 |
問診 | 医療により一時よりはよくなったが、夜間咳嗽、夕方発熱、食欲なく咽喉痛み、左の背中より脇の下にかけてひきつるような痛みがある。時々頭痛・眩暈がある。 |
切診 |
腹診すると明らかに肋骨が手に触れ、左側の筋肉が痩せて左中府穴に圧ツウがある。 腹部は全体的に力がなく経絡腹診では、肺の診どころ最も虚。臍の周囲脾の診どころ虚。心窩部全体は胃実で膨満している。 左側腹部肝の診どころ虚が見られ、按ずると中に楼と診られる陰実を触れる。 切経すると、皮膚は全体的に古燥して皮膚は赤付き筋肉は力がない。手の肺経、足の脾経のとおりが陥下し、左肺兪、膏肓に圧痛があり、腋下にまで及んでいる。その他、肩井と風池穴に圧痛がある。 |
脉診 |
脉診すると虚軟で濇脉を触れる。 比較脉診では、肺と脾が虚、大腸・胃がやや実。肝はやや実、胆は虚、他は丙と見えた。 これらのことを考察すると、まず、第1段階として、産後の無理により肝木経に異常を起こし、腰痛・眩暈・頭重)子供の看病のため無理をして風邪をひき、発熱・咳嗽・胸痛がある。5か月の臥龍によって痩せて声に力がなく皮膚こそう。脉状腹症などは全て虚体を表している。 |
患者は、神経質ではりを恐れているので、細いはりか、てい鍼を用いることになります。しかし、生来は丈夫で病症は型通りで比較的はっきりしていますので、治効は上げやすいと考えられます。
第2段階として、表す症候を経絡的に弁別すると、顔色白く咳嗽商音・皮膚こそうは肺金経の変動。食欲なく痩せて疲れやすい歯脾土経の変動。胸・背中痛・眩暈・筋ゆるみ・皮膚赤付きは肝木経の変動。咽喉痛むは大腸経。胃部張るは胃経。
これらを脉症・腹症一貫性として考察すると、肺経・脾経の虚。肝経の邪実。胃経・大腸系の陽実と判定されます。
第3段階として、いずれを主証とするかということになりますが、補法優先、陰主陽従という原則から、肝経の邪実と、胃・大腸系の実を主証とすることは出来ません。残った肺経と脾経のどちらかをすることになりますが、「虚すればその母を補う」ということで、相生関係から肺経が子、脾経が親ということになりますので、肺経を証とすると、母の脾経も補えますので、肺虚証ということになります。
肺経への施術が的中すると、肝の実も抑えられ、陰陽のつり合いが取れて胃・大腸の実もなくなることになります。
しかし、胃・大腸系に実が残ったときには、その脉状に従い瀉法を加えることによって全体的に脉状がつやとしまりのある良い脈になるものであります。
また、肝経の実が残っている場合には、その陽経である胆経を補うことによって陰陽の調和を図るか、その相剋関係にあるつぼに補中の瀉法を加えて整えます。
一般的にはこのような治療を行いますが、咽喉痛むを最も強く訴えていたり、胸・背中の痛みを最も訴えていたときは、その痛みを先にとるような治療、刺絡治療、剞経治療、 子午治療という応急処置をすることもあります。
われわれ東洋はりでは、証を決定したならば、随証療法と言って、それに従って治療を進めていくことになります。
今まで36回にわたって鍼灸の世界をお話しさせていただきました。この証決定という段階は診断が終わったということになりますが、後の話は鍼の操作やつぼの選び方、先ほど書きました、刺絡・奇経・子午などの治療のやり方や理論についてということになります。
皆さんに鍼灸というものを、少しでもご理解していただきたいと思って、長々とお話ししてきました。
治療を受けたり、鍼灸院を選ぶ際の参考にならないところや難しすぎてかえってわかりにくくなってしまったところもあるかと思いますが、我々の鍼灸治療はこのような理論や考え方に基づいてやっているということを、少しでも知っていただければ、幸いです。
ぜひ、皆さんも鍼灸にかかってみてください。心からお待ちしております。ご愛読いただきまして、誠にありがとうございました。
今後は、皆さんのお役にたちそうなお話をしていきたいと思いますので、楽しみに待っていてくださいね!